還暦の別称「華甲」の話
「十」×6+「一」で…還暦の別名
「華甲(かこう)」という言葉をご存じですか?実はこれは「還暦」と同じ意味。60歳という年齢を指していう言葉です。
暦が一回りすることから「還暦」と呼ぶことは、「なぜ還暦を祝う」の項でご紹介していますが、十干十二支の暦をもととする点では「本卦帰り(『還り』『返り』とも)」という呼び方もあります。これは還暦同様、暦が一回りして本(もと)の「卦」の位置に戻ってきたということをそのまま表す言葉ですが、それに対して「華甲」の意味はちょっと違います。その成りたちは77歳の「喜寿」や88歳の「米寿」とほぼ同じ。そのカギは「華」の字にあります。少しわかりにくいのですが…この「華」を大きくしてじっと見てください。そして徐々に分解していくと、なんと6つの「十」と一つの「一」になるのです。つまり61。でも、61では還暦ではないのでは?もちろんそんな疑問も起きることでしょうが、数え年で考えるのが普通だったその昔。数え年で61歳ということは、満年齢に直せば60歳、すなわち還暦ということになるのです。
もっとも、最近は数え年で表現することも少なく、どうもピンとこないという人もいるでしょう。その場合は、少し変則的で割り切った考え方にはなるものの、「60」が「一つ」という考え方をすれば「華甲」の言葉を覚えやすいかもしれませんね。
なお、「甲」は「きのえ」で十干の一番目。十干十二支が一回りして最初の「甲子(きのえね)」に帰ったことを表すもので、その点では還暦や本卦帰りと同じく暦に基づいています。
イメージの違いで使い方の違い
「華甲」という呼び方については、「還暦」とは違った面白い使い方があります。それは、「華甲一年」「華甲二年」という表現。満年齢61歳であれば「華甲一年」というわけですね。残されている古い文章例では、夏目漱石に師事し、後にエッセーの「阿房列車」をはじめとする軽妙な文章で人気作家となった内田百閒が自らの作品の中で「華甲一年」、「華甲三年」などと用いています。
それに対し、「還暦3年」などという言い回しや表現はどうも見かけないようです。その理由ははっきりしませんが、それぞれの言葉に使われる漢字の意味合いにポイントがありそう。というのも、「還暦」は、“暦が一回り”の意味ですが、それを意味のままかけば「還暦一年」は “一回り一年”ということになってしまいます。これでは、わかるようなわからないような…。それに対して単純に数えの61歳=満年齢60歳を指している華甲ならば“60歳1年”ということになり、還暦よりは意味合いがハッキリしてきます。そうした意味で「華甲」は使いやすい言葉かもしれませんね。
なお、「還暦祝い」」はその意味が余りに明快でわかりやすいため、あえて「華甲祝い」を使う、という話も。確かに、それほど有名ではない表現の「華甲」なら年齢もばれ難いし、文字の意味合いも、なんだか渋いイメージの還暦に比べて華やか。同じ年齢なのに、若々しいイメージに受け取られそうではありますね。
特別史跡の中にある「華甲」とは
岡山県にある「閑谷(しずたに)学校」はその一連の建築物の大半が国の重要文化財に指定されている特別史跡。子の閑谷学校内の建築物の一つの名前が「華甲斎(かこうさい)」といいます。もちろんこれは、還暦に同じ、60歳を指す「華甲」で、かつては閉鎖されていたこの閑谷学校の再建に力を尽くした「西薇山」の還暦=華甲の際に、教え子たちが建設して師に贈ったもの。閑谷学校自体の落ち着いた佇まいも観光地としてなかなかの魅力ですから、華甲記念の旅行などに訪れてみると良いかもしれませんね。
古典芸能の中に見つける「還暦」
還暦以上が舞う能とは
室町時代に始まり、600年以上の年月を脈々と受け継がれてきた舞台芸術で、日本の伝統芸能の一角を成す能楽。囃子や地謡と呼ばれる、これまた日本古来の独特の音楽に合わせ、役者が舞台で舞うというものですが、同じ伝統芸能の歌舞伎とは違って、動作や感情表現が最小限に抑えられている点が大きな特徴です。
この能楽の中に、還暦を過ぎた役者でなければ演じることが許されないできない演目があります。正確にいえば、ある演目の中の役柄の一つに、「還暦以上の役者が舞う」ことを定められている役柄があるのです。その演目の名前は「鷺(さぎ)」。そのストーリーはというと…。
『ある日、時の帝が夕涼みに出かけた先で一羽の白サギを見つけます。その美しさに心ひかれた帝は家来に白鷺を捕えさせようとしますが、白サギはそれを察して飛び立とうとします。そこで家来が帝の命令であることを白サギに告げると、なんと不思議に白サギが舞い降りてきました。それを喜んだ帝は家来と白サギの双方に「五位」の位を授けます。それが「ゴイサギ」の名前のいわれとなりました。そして新しい名前をもらった白サギ改めゴイサギは帝に許され、再び天高くへと舞い上がっていきました。』
還暦ならではの円熟で舞う主役
ちょっと不思議なストーリーですが、昔の人々にとってはなかなかの感動物語だったのかもしれませんね。この話に登場する白サギが何を隠そう、還暦以上という年齢制限のある役柄。ただ、例外的に少年ならば演じても良かったようなのですが…「二十歳で成人」という現代社会と違い、この作品が生まれた当時の成人(=元服)は12~16歳という年齢。当然、その頃に“少年”ということになると、それに該当する期間はごくわずか。しかも、白サギはこの「鷺」という演目においては堂々たる主役!当然、余りに幼い役者ではとても舞うことはできません。
もちろん、昔は日本人の平均寿命も短かったため、還暦以上の年齢の能役者も決して多人数いたわけではないでしょうが、その経験や磨いてきた技術を考えれば、子役が演じるよりもはるかに味わい深く優雅な鷺を舞うことができたことでしょう。もしかすると、そのへんまでも計算して昔の人はこの役に年齢制限を設けたのかも。そう考えると、還暦という年齢はやはり、人間としての円熟の年齢と考えてよさそうですね。
「還暦振る舞い」とは
実は厄年の「60歳」
長寿祝いの中でも、年齢が若いだけに慣習としての誕生も早い還暦祝い。日本全国に目を向ければさまざまなお祝いのかたちがあります。「祝い」と呼ばずに「振る舞い」を付けて「還暦振る舞い」と呼ぶのも、そうした地方色豊かな長寿祝いのかたちです。しかも、この還暦振る舞いは、全国各地に散見できます。
では、なぜ「祝い」ではなく、「振る舞い」なのでしょう。これは、60歳という年齢に対する考え方に理由があります。「還暦」や「本卦帰り」は暦の一回りであり、前項でもご紹介した「華甲」は縁起の良い文字を選んだ結果の呼称ですが、実はこうした考え方とは別に、60歳を特別な年齢ととらえる習慣が古くからあるのです。それは「厄」という考え。
「厄」と言えば「厄年」、男性の場合は数え年42歳、女性の場合は数え年33歳…確かに、こちらのほうがよく話題にされます。しかし、実のところ人生には数回の厄年があり、その中でも大厄とされるのが42歳と33歳というのが正解。そして、男性にとっては60歳もまた「厄年」なのです。もっとも、厄年の正しい考え方すれば数え年の60歳が厄年ならば、満年齢は59歳では…?そうですね。疑問もごもっともです。
しかし、昔は長寿祝いもまた数え年で行うもの、すなわち還暦祝いもまた数え年の60歳で行っていたためにちゃんと一致するのです。そして、この「厄年」の考え方から発生したのが還暦祝いの一つのかたち、すなわち「振る舞い」というわけです。
「振る舞」うことで厄落とし
では、「祝い」と「振る舞い」では、どう違うか。まずは、その問題から考えましょう。実のところ、この2つに明確な定義分けや分類分けがあるわけではありません。ただ、「還暦祝い」の場合には、(長寿を祝ってもらう立場の)主役はお祝いを受け取るという受け身の立場であるイメージが強く、実際にそうしたスタンスでお祝い会などが行われるのではないでしょうか。むしろ、それが普通のかたちで、今時風の表現をすれば、主役に対する“サプライズ”も、こうした考えのもとで企画されたりするものでしょう。
これに対し、「振る舞い」はその多くの場合が“主役が周囲に働きかける”かたちで行われます。つまり、主役=主催者。すなわち主役がお客に対して食事やお酒などを「振る舞」うわけです。では、なぜ、祝われる立場の主役がこうしたもてなしをするのでしょうか。
ここで「厄」の考え方が出てきます。
もともと「厄年」の際には「厄祝い」「厄払い」と称し、親類縁者やご近所の方々を招いての宴の催す習慣が昔からあります。これには、自分の「厄」を宴に参加した人々に少しずつ持ち帰ってもらい、「厄年」の災いを軽減しようという発想があります。そして厄を引き受けてもらうお礼に酒食やお土産を提供するわけです。この「厄祝い」「厄払い」を(男性の厄年の)60歳にも、厄年祝いとしての「振る舞い」をしょうというのが「還暦振る舞い」というわけです。
そのため、還暦振る舞いの場合は男性のみに限定されてきた例が多く、現在でも男性に行事に限っている地域もあります。しかし、男女平等の考えから、現在では性別を問わない「還暦祝い」として行う地域も増えてきているようです。
現代世相にみる「60歳」
映画「60歳のラブレター」のもとは
2009年、人気を博した映画『60歳のラブレター』。そのキャスティングも、まさにアラ還層が青春を思い出し、同時に現在にいたる年月を実感するにふさわしい顔ぶれでしたが…この映画が実は、一般の人々の実話をもとにつくられたことをご存じの方も少なくないでしょう。話の発端は住友生命が主催していた企画「60歳のラブレター」。夫から妻へ、妻から夫への、葉書き1枚に綴られたラブレターを住友生命では約10年に及んで公募。それが着想のもととなり、映画「60歳のラブレター」が完成しました。
なお、還暦祝いにも最適と思えるこの映画の監督・深川栄洋氏は1976年生まれ、脚本を手掛けた古沢良太氏は1973年生まれ。面白いことに、主役たちから見ればちょうど子どもたちぐらいの年齢です。それが映画の一番ターゲットであるアラ還を感動させたのですから、その手腕はなかなかのもの。同時に、住友生命に数多く寄せられ、映画のストーリーのヒントにもなった数々の「ラブレター」の向こうにある夫婦模様、人間模様影もまた、さぞかし味わいのあるものだったろうと想像させてくれますね。
23歳が「60歳になっても」と歌うラブソング
「60歳になっても一緒にいたいんだ 」。このセリフだけを聞けば、60歳未満の人の言葉とわかるのは当然のことですが…未満も未満、このセリフ、いえ、歌詞として歌ったのは23歳の青年です。その正体は「EG」というシンガーソングライター。2010年夏に初リリース(=デビュー)し、題名もそのまままの「60歳になっても一緒にいたいんだ 」をリリースした時点でまだまだほやほやの新人です。
若い男性らしく、この歌はラブソングなのですが、それにしても「60歳になっても…」とは、ラブソングらしからぬ題名です。なんだか恋が冷めてしまいそうにも思えますが…その実、この曲、ラジオやネット上などでじわじわと人気を上げてきつつあります。改めて歌詞を見てみると、なるほど「60歳」の言葉がステキに生きている歌です。「60歳」に対するこんなとらえ方もあるのだなと微笑みたくなるこの歌、60歳の立場で聞いてみるのもなかなか楽しいかもしれませんし、意外に新鮮な還暦祝いになるかもしれませんね。
チリのある町で60歳の男性に配布されたもの…!
日本のみならず世界的に寿命が伸びている21世紀。しかし、さすがに、日本人の感性では「?」というか「!」というか、ちょっと考えられない、60歳に関する話題が海外にはあります。話の舞台は南米の国・チリ。その南北に長―く伸びる国土の南部にあるLo Pradoという町でのことです。
時は2008年の4月、時の町長がある施策を発表したと地元紙が報じました。その施策とは、なんと「60歳以上の男性住民を対象にバイアグラを無料配付する」というもの。バイアグラと言えば、大人の男性、しかも“中年”と呼ばれてしまう世代の方なら、すぐにその記憶網にひっかかるであろう“アノ薬”。もちろん日本でも随分話題になりましたね。なので、ここではあえてその詳しい説明は省きますが、最低限のご紹介をすれば「性的不能治療薬」ということになります。
町長がこの施策を決定した理由は住民の生活の質の向上だそうで、年配の住民たちが性生活の不満足を口にしていたのを耳にしたことがきっかけだとか。ちょうど良くというか、偶然にもというか、この町長のもう一つの顔は内科医。さっそく、住民たちの不満解消に乗り出したというわけです。ちなみに、このバイアグラ、副作用の問題なども取り上げられていましたが、そこは内科医でもあるこの町長。副作用のリスクを避けるための検査を受けるという条件も実行策の中に含んでいます。
なお、この施策に対する住民の反応は報道されていませんが、日本でもしも、還暦祝いにこんな施策を実行する自治体があったとすれば…受け取りの申請をする人の数はLo Pradoの町よりはグンと少なくなりそうな…ラテンの国のリベラル感を実感させられる話題ではありますね。